都内屈指のマンモス団地「戸山ハイツ」でも多文化共生をテーマにした取り組みが始まっています。まずはイベントを通して「顔見知りになろう」というもので、25年から「夏まつり」や「家族食堂」などのイベントが行われています。
25年12月26日、筆者は「家族食堂」を訪問しました。家族食堂とは「こども食堂」から着想を得た参加料を低く抑えた食事会で、こどもだけでなく家族一緒になって参加できるところに妙味があります。
万国旗で飾られた会場に13ファミリーが集いました。事前に配ったチラシを英語とネパール語で用意したので、ファミリーのうち7割近くは、片親または両親が外国人住民の「多国籍の家族食堂」となりました。
戸山ハイツは世帯数の多さから東西南北に分かれて異なる会長のもとで管理が行われていますが、とりわけ西区では矢沢正春会長の「走りながら考える」という実行力で突き進んでいる感じです。ゲームあり遊びありで、子どもたちも楽しめる「家族食堂」の第2回も好評のうちに終わりましたが、一方で課題も残りました。
当日、筆者が多国籍ファミリーに食事について質問すると、必ず「おいしい」という言葉が返って来ました。しかしお皿には半分残っていました。よくよく話を聞いてみると「私たちの食事はスパイシーだから」という本音が聞かれました。
当日はアンケートを取る場面もありました。基本的にネパール人は日本語が読めません。そのため、筆者が代筆することになったのですが、アンケートには彼女たちの本音は反映されませんでした。「『大変満足』にマルしておいて」という感じでした。「〇〇さんからの紹介で来たため、そこは顔を立てなければならない」という意識があったようでした。実際、彼女たちは自分たちの習俗にあったイベントや祭りをやりたいようでしたが、「うるさいのは嫌がられる」ということを強く意識している感じでした。
このように見た目は賑やかな多国籍交流も、深い部分で互いの満足度を高めるのはなかなか難しいものです。そこでアジアブリッジ・オンラインは1月29日に矢沢会長をゲストにお呼びして、現状をうかがうとともに意見交流を行いました。
まずは矢沢会長のコメントから紹介します。
矢沢会長
40年前は戸山ハイツには1万人が住んでいた。それが今では5000人。ものすごいスピードで人口が半分になってしまい、都心の限界集落と言われるようになった。一方で敷地内の公園では外国籍の子どもが遊ぶようになり、訪問介護では外国人ヘルパーさんが出入りするようになった。平成24年には外国人は320人だったが、今ではその数は750人にまで増えた。一部には、何も知らないために「外国人は怖そう」などという声もあるが、一緒に活動する中で「みんないい人ばっかり」ということに気づくこともある。始まりは相手を知る、違いを理解することから。知るも理解も、継続することでたどり着く。どうしたら継続できるか?「今日は楽しかったから、もう来たくない」という人はどこにもいませんね。「楽しく」が継続できるキモだと思ってやっています。
メンバーからの主なコメントをご紹介します。
Mさん
バングラデシュ人がいるレストランによく足を運ぶ。コックさんは日本語が話せないので、自分の片言のベンガル語で話しかけるとうれしそうにしてくれる。まずは英語じゃなくて現地の言葉を覚えて使う、タイに行ったらタイ語で挨拶、というように。これが突破口になるのではないか。そのバングラデシュ人とはさらに仲良くなろうと互いに誘い合うのだが、お互いの休みが合わない。ライフスタイルの差を埋めるのは難しい。一方、同じ南アジアの人でも、ネパール人については、バングラデシュ人とは違って何か見えない壁があるような気がする。
Uさん
相手に対してまずは興味を持つ、こうした態度を見せることでだいぶ違うと思う。中国語に「互相学習」(「互いに学ぶ」)という言葉があり、自分自身、中国で日本語と中国語を交換するようにして互いに勉強しあった経験がある。ここに「どっちが上」というものはない。例えば診察に必要な日本語を「日本語ではこうです」と教えるだけじゃなくて、「ネパール語ではなんていうの?」というアプローチがあるといいのではないか。また、日本食が好きだという人もいれば得意じゃない人もいる。ダシの香りが苦手な中国人の友人は、日本滞在中は常にトウガラシパウダーを持ち歩いていた。
S教授
いきなり違う文化圏の味に慣れるのは難しい。バングラデシュ人にうどんを食べさせたら「なにこれ」という反応だった。しかし、私自身がそうであるように、まずは醤油に慣れたらおいしいと感じる日本食の範囲が増える。段階的に慣れていくのだと思う。
Mさん
米国に留学していたとき寮に住んでいたがそのとき「ジャパンナイト」というのがあった。国別の学生が中心となって、こうした活動を行った。
Hさん
日本人が主導したイベントに来てもらうのではなく、ネパールの人にやらせてみるのも一案。
S教授
ネパールデーというのも一案だ。多国籍な現状に合わせて、各国の出身者が順繰りにこれをイベントにするのもいいかもしれない。
Mさん
留学中に感じたのは、むしろ日本人が閉鎖的だということだ。パーティなどでは隣同士なのに挨拶すらできないような状況だった。日本人は壁があるという感じだ。外国人問題というより日本人問題?
I教授
中国人のゼミ生がお菓子を作ったり簡単な食べ物を作ったりしてくれる。自分たちが大事にしている味、これがブリッジとなって交流が進んだ。
Oさん
話しかけたり気遣ったり、これが理解を深める一歩では。しかしながら日本人にとってそれは苦手。私たちが変わらないと。
この意見交流で知りえたのは、やっぱりカギとなるのは「食」!これがブリッジとなることは間違いありません。焦らず、楽しく、ゆっくりと。戸山ハイツのチャレンジに今後も注目していきます。
