(画像は、休日に同胞と過ごす香港の外国人労働者)
最寄りのJRの駅から10分ほど入った都内の住宅街。聞きなれない言葉が、私の家の階下から響いてくる。通りすがりの外国人の声かと思ったが、しばらく経っても“アジアの言葉”は続いていた。
窓から見下ろすと、斜め向かいのアパートの前の段差に3人の外国人男性が座り込んでいた。褐色の肌とその風貌、言葉のイントネーションからすると南アジアの出身者だと推察される。目を凝らしてよく見ると、手には「アサヒスーパードライ」のロング缶を持っている。
“酒盛り”はしばらく続いていた。そのうち、一人が姿を消した。ビールが切れたのだろう、近くのコンビニに調達に向かったようである。
飲んだり、食べたりすることは悪いことではないが、しかしここは住宅街である。これが長丁場になった場合のことを想像すると、タイミングはやはり今しかなかった。
箒と塵取りを持ち、「掃除のおばさん」を装いつつ近づいて、「おはようございます!」と元気に明るく声をかけた。彼らもまた「おはようございます!」と元気に明るく応えてくれた。
「学生さんですか?」
「いえ、働いています。私はコンビニ、この二人はレストランです」
「どこの国からですか?」
「私はスリランカです、この二人はバングラデシュです」
3人はいずれも英語はダメだったが日本語が話せた。そのうちのスリランカ人の男性はとても日本語が流暢だった。ちゃんと敬語も使いこなせる。
聞けば彼らは名古屋の日本語学校のクラスメイトで、先に東京に出てきたスリランカ人を頼って、バングラデシュ人2人も上京したらしい。彼らの言語能力からは日本語学校で日本語をしっかりと学んだという形跡が見て取れた。
「バングラデシュなら行ったことがありますよ、スリランカはまだだけど、行ってみたいです」と話すと、「今は国が混乱しているけど、団体ツアーなら安全に行けます」と返ってきた。
スリランカは2022年に暴動が起き、ラジャパクサ大統領が辞任し国外へ逃亡、またバングラデシュも2024年に暴動が起き、ハシナ首相はインドへ亡命した。南アジアの2つの国は今とても揺れている。
そんなよもやま話の後に「なんでここで飲んでるの?」と尋ねると、「僕たちの日曜日は今から始まるから」とのことだった。
そうか、彼らの休日は実に今からなのだ。彼らの日本での生活は夜勤の連続だ。日本人が寝ているときに彼らは働き、日本人の日曜日が終わるとき、彼らの休日が始まる。
しかし、「住宅街での酒盛り」を機に、“職質”にでも遭ったらこれまでの努力も台無しだ。アパートの上階を指で指して「ここは人が寝ているから」と説明し、とにかくここから立ち去ったほうがいいと告げた。
すでに彼らの足元は、焼き鳥の串や食べ残しで汚れていた。ビール缶もひっくり返っていた。
「ゴミ袋を持ってきてあげようか?」と言うと、「大丈夫、大丈夫、自分たちでやります」と言う返事だった。すでに彼らも「ここで飲むのはやばい」ことに気づいているし、「ゴミを散らかすのはまずい」ということも知っている。
私の意図は伝わったようだったので、「じゃあね、さようなら」と言ってその場を立ち去った。しばらくして彼らも立ち去った。“酒盛り”の場所はきれいに片づけられていた。
――さてここからが本題である。
彼らが休日にリラックスできる空間はどこにあるのか?という問いである。私はその後の彼らが一体どこを彷徨っているのかが気がかりだった。公園も×。ファミレスもあり得ない。彼らにとっての日常の職場だからリラックスにはならないだろう。
香港や台湾では、外国人労働者が「たむろ」できる空間がある。日曜日になるとどこからともなく同胞が集まってきて、弁当を広げたり、寝転んだりできる場所があるのだ。彼らに対する“冷たい視線”はなく、彼らのライフスタイルは尊重されている。
ところが、東京の場合、彼らが過ごせる「休日の空間」はかなり限定的だ。最近、JRの最寄り駅の広場で、アルコール飲料の空き缶が散乱しているのをよく見るようになったが、その一部は、このような行き場のない外国人労働者によるものだと思うと、複雑な気持ちになる。
ちなみに、MIPEX(Migrant Integration Policy Index)という国際指標がある。「移動の可能性(転職を含む)」、「家族再統合」「教育」「健康」「政治参加」「永住資格」「国籍へのアクセス」「反差別」の8つの領域を審査して1-100のスコアにして評価するものだ。言うまでもなく、日本はこの指標上では「優等生」ではない。
その中にある「健康」は、主として社会保障という意味での医療制度へのアクセスを意味するが、居場所が「家」か「職場」にしかないという彼らの置かれた状況は、決して「健康的な生活」であるとは言えないだろう。
「“それ以外の時間”を彼らがどこでどう過ごせるのか」を問う項目はMIPEXにはないが、彼らのメンタルを健康に保つ上では見逃せない課題だと感じた。
